茨城県古河市 能登恵次先生

2012.02.20 正師範資格授与

腰痛・肩こり・疲労・難病も、赤ちゃんからお年寄りまで

私が礒谷療法を勉強したのは平成3年のことで、もう12年以上の年月が経ちましたが、毎日充実した治療活動を行なっています。目を伏せたくなるような歩行のひどい患者さん、いつ発作を起こすかわからない患者さんなど、毎日毎日礒谷療法の勉強を継続することによって、一人ずつ確実に治してきました。

今になって感じることは、この療法の理論が単純明快で、決して間違いはなく、ノーベル賞に匹敵する治療だと思っております。体を壊したのは患者であり、治すのも患者自身でなければなりません。ただ治療師としては、患者さんの治そうとする思いに手を貸すだけでよいと思います。

私は、接骨院の治療と礒谷療法を併設して治療していますが、待合室で屈伸体繰をしている方を見て、「何をしているのですか? 私も覚えたいので診てください」といわれることが多くなり、接骨院の診察の中で礒谷療法が増えています。

今では腰痛でも、肩こりでも、けんしょう炎でも、疲れやすい体質の場合でも、必ず最後の仕上げに股関節矯正をしていますが、治癒率が格段に驚くほど上がりました。こんな時代だからこそ、よいものだけが生き残れる感がします。

神奈川県 城山接骨院 八木雅之

礒谷式力学療法師を目指せ

高校時代は、大学の医学部へ進学して、医師になろう、と考えていましたが、現代医学の医者は治療の範囲が決まっていることを思うと、自分自身でいろいろな工夫をしながら、患者さん本人が持っている治癒力を引き出していく手技療法のほうに、次第に魅力を感じるようになったのです。

そこで高校卒業後、まず整体の学校で学び、ある整体治療院で内弟子として学びながら独立開業の準備を進めていました。ところが、整体だけでは、結果がすっきりと出ないことに不満を感じはじめていた頃、礒谷療法を知り、その理論に魅きつけられてしまいました。

ぜひ修得したいと思い、入門を決意したのです。整体院の内弟子をしながら、礒谷療法を身につける日々は、なかなかつらい時期もありましたが、1日も早く礒谷療法の真髄を習得したいと、必死に勉強する毎日は、私にとって本当に充実したものでした。

開業してから礒谷療法を主軸として、試行錯誤しながらの10年間でした。しかし、その結果わかったことは、患者さんを短期間に確実に健康に導くことができるのは、礒谷療法をおいてほかにないということです。

今では、礒谷療法こそが手技療法の王道であると確信して、迷いなく患者さんの施術にあたっていますが、休む間もないほどの忙しさです。

宣伝はまったくしていないにもかかわらず、一度来院された方が、次々と知り合いの人を紹介してくれるので、本当にありがたいことです。どんなに忙しくても施術時間を短くすることはせず、ていねいに診ることを心がけているせいでしょうか。本当に充実した毎日です。

毎月100万円以上の収入があり、収入もさることながら、多くの方たちに感謝されることの喜びは、何ものにもかえられません。礒谷療法のすばらしさは、何といっても即効性にあり、その施術効果を患者さん自身がはっきりとわかることでしょう。

特に急性の症状の場合、短い期間に確実に痛みが消え、健康を回復できるために、たいへん喜んでもらえます。そして、健康を取り戻した方たちとともに喜びを分かち合い、健康のありがたさを共感できるのは、療法師としてこれ以上うれしいことはありません。

おそらく整体だけでは、早晩、行き詰まっていたことでしょう。早い時期に礒谷療法に出会えて、本当によかったと思っています。

後輩のみなさんにも、決して回り道をせずに、手技の王道・礒谷療法をできるだけ早く学んでほしいと思います。礒谷療法なら、多くの半健康人のみなさんの体を整え、病気を未然に予防し、本当の健康の喜びを与えることができるのです。患者さんたちに感謝されて、大きな収入が得られる、礒谷療法のオーナーの道は、たいへんすばらしいことを実感としてお伝えします

山形県西村山郡 河北健康指導院 准教範 中村 守

妻の治療のために礒谷療法を学び始める

私は愛する妻と高校2年生の息子を持つ治療家です。 私が礒谷療法を知ったのはいまから19年前のことです。当時は結婚して3年目。私は、経絡のツボのマッサージ、スポーツマッサージ、推拿療法術、カイロプラクティックなどの施術を行う治療家として6年目を迎えていました。その頃、私は「自分の持っている手技は最高」だと思っていました。

1995年8月のことです。妻が肝硬変の1期と診断されました。私は自分の技術を総動員して精一杯施術をし、他にも治療法があると知ればあちこちに出向いて試してみましたが、あまり効果はありませんでした。

ある日、推拿療法術を教えてくれた先生から連絡があり、いろいろ話をしていると、礒谷療法の本をプレゼントしてくれました。

日本語の本をまだ読めなかったので、大学の知り合いに頼んで翻訳してもらって読みました。まさに目を開かれた思いでした。読んでいると、驚きの連続で、興奮で眠れなくなりました。

「人の体とは何なのか?」「私たちはどこから来たのか?」「人間とは何者なのか?」と私は人体についてますます深く考えるようになりました。本を1ページずつ繰って、1日が経ち、2日が経ち、どんどん勉強が面白くなっていきました。そして妻への治療が始まりました。

もともと妻は基本的に体力がなく、関節・筋肉・内臓も弱い状態でした。そこで、毎日少しずつ、礒谷療法の矯正法や屈伸体操を行うとともに、姿勢など日常生活の動作の改善を始めました。それで徐々に健康を取り戻していきました。

現在、妻は肝硬変と診断されてから23年目を迎えています。日々、健康管理をしながら頑張っています。

こうした体験を通して、私はいつしか、本格的に礒谷療法の勉強をしたくなり、礒谷療法の総本部で学ぶことになりました。これからも自分がなっとくできるまで学び続けていきたいと考えています。

推拿療法術や整体術、カイロプラクティックはいずれも手技として優れたものです。でもより優れた技術が礒谷療法でした。股関節、骨盤、脊椎のゆがみのメカニズムが具体的に説明可能です。

1.何よりも難しくなく自分の力でバランスを見ながら一人で矯正法を実行できることが素晴らしいと思います(礒谷療法の屈伸運動であり、有酸素運動です)

2.股関節が外旋、外転、内旋、内転によって1度が旋したり転したり、2度が旋したり転したりすると、骨盤と仙骨から脊柱、首、頭まで角度が2倍3倍違うことがわかりました(股関節の矯正)

3.礒谷療法の座布団の矯正は、推拿療法、整体術、カイロプラクティック術などでは難しいと言われる脊椎の猫背、側彎、筋肉の緊張(強直性、軽直性)、ストレスなどを治せる技術です。

4.礒谷療法はいろいろな病気に関して薬を使わず治します。人間は2本の足で立っている限り病気の原因の元です。

5.礒谷療法の股関節の矯正はちょっとだけの角度でも200個くらいの骨の関節が変わるほど、とてもシンプルな技術です。

まだ未熟者ですが、礒谷療法を知れば知るほどそのシンプルながら奥の深い技術に驚かされます。いまは、礒谷療法をもっともっと研究していきたいという思いが止まりません。

かきつばた温泉 都廣煥

礒谷式力学療法のさらなる普及がのぞまれる。

私が礒谷式力学療法の正師範研修を受講し始めたのは平成21年4月頃だと思う。

もう60歳を過ぎていた。古い話になりますが、知人の紹介で初めて中野の本部を訪れ故礒谷公良先生から礒谷療法のお話を伺い腰痛の治療のため施術を 受けてから30数年が経っていた。

のど元すぎれば熱さを忘れるではないが、其のあと症状が軽快すると、仕事の忙しさに追われ屈伸運動や、紐縛りのことなどコロッと忘れていた。 数年後その報いがきたのか、仕事先でひどいぎっくり腰を起こしてしまった。

当時の仕事は、小さな建設設備業会社を商っていたので、ゆっくり休み等とってはいられず、万事休すと思われたが、そこで寝床で思い出したのが礒谷療法である。 初診のときに購入し押入れに仕舞い込んだままになっていた300ページ程の礒谷療法の本、陶器枕、紐3本を家内に探させた。

どのみち寝てるしかないので、本を読み膝抱え運動、三点縛り、そして腰枕、一日何回となく繰り替えした。 結果寝ていたのは二日間だけ、三日目にはそろそろと起きだし様子を見ながら一日過ごし四日めには現場に出かけ普通どうり仕事をこなす事が出来た。

それ以来ぎっくり腰は2度とおきていない。 それというのも2日間の寝ている問に礒谷理論をそこそこ学習する時間があったからではなかろうか。 そればかりではない、暫くして友人がやはりぎっくり腰になってしまった。 私は彼に自分の話をして、すぐよくなるからと、本、枕、紐を貸してやった。

いささかびろうな話で恐縮だが、初日トイレで用をたしたが痛みで手が尻までまわらずしかたなく、奥さんに頼んだそうだ。 しかし2日目になって自分で用をたしてトイレから出てくると、奥さんににらまれて、「あなた、昨日のは冗談だったんじやないの」。 と言われたと、後になって私に話し二人で大笑いしたこともある。あらためて礒谷式力学療法に驚き、感謝もしたものだ。

それから仕事上いろいろあって現在の私は、18年前より自宅兼用店舗で日本そば店を開業している。 そして昨年10月頃より店の奥の一間を利用してセルフボディケアーと称して礒谷式力学療法の施術と自己矯正の指導を行って 微力ながら礒谷式力学療法の普及に取り組み始めたばかりなのだが、昨年平成27年12月25日店の中でちょっとした異変があった。

お昼もすぎ1時半過ぎ頃年配のお客様が突然具合が悪くなられ、食事どころか料理に箸もつけられず、帰るだんになって足元もおぽつかなくなってしまわれた。 二人のお連れの方が腕をささえしばらく椅子に腰かけられていたが、ますます悪くなられた様子で私は奥の部屋の施術用マットに誘導しようとしたが、 一向に立ち上がれず支えきれなくなってきてしまった。

とっさに私と家内とでマットを店先まで運ぶと、メガネをかけているのにそのままうつぶせに倒れこんでしまわれた。 連れのお客様は当店を以前からご利用いただいてるK氏で、すぐに二人で仰向けにしました。 倒れこんだお客様の足元に立って見ると体は左に湾曲し、K氏にも見ていただいたが、2~3センチ右足が長い。

私は数年前に礒谷療法の正師範の研修を終えていて、少なくとも礒谷理論を学び実践する立場にある者であるから、なんとかしてさしあげたかった。 だがこういう緊急事態は初めてである。礒谷理論からすれば、典型的なR型と判断したが、来店時間中にすでに不整脈がでててそれが悪化したのだろうか?

すぐに膝押しをはじめたが、股関節が相当かたい、K氏にお名前をお聞きして呼ぴかけながら、膝がしらを左側へ、膝押し、R型の矯正、そしてまた膝押し矯正、 膝押しの最中頭が右へ右へといってしまい再三にわたってまっすぐにからだを直しながらの矯正であったが、右足がかたくてなかなか内転、内旋できない、 その分左足を大きく外旋、外転そしてまた膝押し10~15分たっただろうか、お客様自身で首筋に指をあて脈をとりはじめた。

償れた手つきなので、今回が初めてではないと思ったが、会話ができ始めてから膝押しをすると左の胸を指してここにいいねとおっしやった。 どのように感じられたのかは、わからないがもちろん磯谷療法を受けたのは始めてのこと。これほどではないが以前にも同じ症状があったのではないのだろうか。時々不整脈が現れるそうだが、今回は長かったと言われた。

しかし、病院へ行くと異常がないと言われるそうである。そのあと30分ほどしてマットに座り様子をみるため世間話などしたが、 くわしくはききもらしたが昔大腿にけがをされて正座ができなくてついつい横座りになってしまうとか。

其のあとご自身で服装を直してピンシャンとしてお帰りになられた。其の時、歩きだしや、段差のあるところは、とにかく左足から出してとそれだけお話してお帰り頂いた。 そのほかにも以前はこの近くにお店があってよくご利用いただいていて、今もたまに他県よりご来店いただいているお客様も、ご自分ではふだんから時々不整脈を感じていらして、 何回目かの診察でホルター心電計のようなものだろうか、2~3日その器具を装着して初めて心臓に疾患があることがわかりペースメーカーをいれているお客様もいるくらいだから、 突然の強度の不整脈を病院で具体的な治療にむすびつけてもらうには、時間が必要だし医師の識見にゆだねねばならないし患者としてはつらい不安な日々が続く。 地方においては礒谷式力学療法のさらなる普及がのぞまれる。